旅行・地域
ヤン・リーピンのシャングリラにまた逢える
09/10/27(火)
08年3月、ヤン・リーピンのシャングリラについて書きました。
ぜひまた見たいと思い、そのためにだけ、Bunkamuraのメルマガを取り続けて2年、
先週、メルマガの読者に向けた「特別先行予約のご案内」が届きました。
発売日は、25日(日)、この日はあざみ野のアートフォーラムまつりの日、
でも、もう私がいなくても弟子たちが力をつけたし(もしかしたら、私以上に)、
テーブルがひとつで、一度に2組しか鑑定できないし、・・・で、
私はまず、このチケットをゲットしてからでかけることに決めました。
10時ジャストに電話をかけたのに、ず~と話中、繋がらない。
結局、ネットで注文し、難なくゲットしました。
2年前に見て、ぜひもう一度見たいと、絶対また来るだろうと思っていたのですが、
実は・・・
キューバ 画像その2
09/10/09(金)
ヘミングウェイ御用達のホテル、アンボスムンドスの入り口。
入って左側のカフェで、フローズンダイキリを注文したら、
ミキサーが壊れているということで、普通の氷が入ったダイキリが出てきました。
これがメチャ強くて、半分しか飲めませんでした。
あとで、2箇所で、フローズンダイキリを飲みましたが、
これだと何倍でも飲める感じでした。
昼夜を問わず、独り歩きはするな、と旅行社から送られてきた資料にあったので、
一度くらい冒険をしなくちゃ、と思いながら、
1人でどこかに出かけるのはどうしたものかと躊躇していましたが、
易をとったら、そんなに危険そうな卦は得なかったので、
一人で出かけてみることにしました。
ホテルの前にたむろしていたタクシーで出かけました。
このとき始めてスペイン語を使ってみました。
「○○に行きたいのですが・・・」 と、「いくらですか?」 の2フレーズ。
日本円にして片道約600円。
だいたいどこへ行くにも500円くらいでいいみたいです。
ただ、メーターを使ってくれるタクシーは少ない。
メーターだともっと安い。
で、行ったところがここ。
キューバ 雑感
09/10/02(金)
前回のブログを読んだ婿殿が、こんなふうに書かれるなんて、
企画した人は可哀想やなあ、可哀想やなあと言っていたそうです。
企画した人(サルサのインストラクター)には何の責任もありません。
総勢10名の生徒を連れて行くということは大変な気苦労もあり、
それにはホントに感謝しております。
ただ、感想を書くとなると、正直だけが取り柄の私としては、
正直に書かざるを得ない、ひとえに私自身の問題なんであります。
さて、ダンスや音楽以外の雑感ですが、
帰ってきて、なんで、ああ、いい旅だったと思えないのだろうと、
もやもやしていたのですが、その正体のひとつに昨日気づきました。
キューバ、ダンスと音楽の旅
09/09/28(月)
ハバナに深夜到着、ベッドに入ったのは午前3時を過ぎていました。
翌日は昼ごろから海岸べりを歩いて、新市街(ホテルは新市街)をぶらついたあと、
タクシーでホテルに戻り、昼食。
午後からは公園で行われるルンバの演奏を聴きに行き、ホテルに戻ったのは6時。
7時半の集合時間まで、寝ました。
みんなはその晩、『ブエナ・ビスタ』の1人が出るというクラブに出かけましたが、
私は無性に眠くて、夕食もとらず(朝昼しっかり食べたので)、
翌朝7時半までひたすら寝続けました。
歳のせい? とちょっとショック。
しかし、それですっきりしてあとは快調でした。
便秘が原因(とは本人の推測)で翌日の旧市街散策の途中で貧血を起こして
倒れてしまった同室人のAさんや、頭痛で不調になったBさんや、
レッスン疲れで後半食欲もなくなり、ぐったりしていたCさんやら、
私よりか、かなり辛そうな人もいました。
さて、この旅行の印象ですが・・・
阿川佐和子『タタタタ旅の素』
09/07/20(月)
四川(九寨溝・黄龍)旅行とバリ旅行のトピックスがあとさきになってしまいました。
法事で秋田に行ったときに空港で買った阿川佐和子さんの『タタタタ旅の素』を
読んで、ああ、私も書かなくちゃと思いつつ・・・
この本は、意外と面白かった(可笑しかった)と前に書きましたが、
解説が三谷幸喜で、この本の題名がどうしてこうなったのか、のいきさつに
深夜にもかかわらず、爆笑してしまい、私の落ち込んだとき(最近は、落ち込むと
いうことはなく、元気が出ない程度ですが)の笑えるグッズ(可笑しな留守伝とか、
画像とかを保存)ナンバーに登録されました。(って、世界遺産みたいだなあ)
私は普通の旅行ガイドが読めなくて、物語りになっていないとダメで、
というのは、楽しくないし、頭に入らないってことですが、
だから、旅行ガイドは目的地に行く飛行機の中とか、現地に到着してから読みます。
試験勉強があまり早くやっても頭に入らない(忘れてしまう?)のと同じです。
今回のバリ旅行も、機内で人のガイドブック(自分のは2年前のだし、
重いので、置いていきました)をざっと読んで、
成田で買った『絵を見て話せるタビトモ会話 バリ島』
という本を、シンガラジャへ行く車の中で読みました。
この本は絵と写真がいっぱいで、日本語と英語とバリ語が載っているので、
英語の勉強にもなり、バリ島の歴史や生活、バリ人のことなども読み物として
載っているので、なかなか面白く読めました。
今度9月にサルサでキューバに行く予定(まだ確定ではない)なので、
ぜひ、キューバ編も捜そうと思っています。
さて、阿川さんの本は、旅行ガイドとしてはほとんど役に立ちませんが、
慌しい旅(ほとんど仕事がらみなので)にもかかわらず、旅っていいよね、
という気分にさせてくれますし、旅の仕方や考え方についても、
読んでいると、ああ、私も早く書かなくちゃと触発してくれます。
触発されたにもかかわらず、後回しになってしまいましたが、
似てるところは、お土産についての考え方。
でもこれはまた後回し、次回に書きます。
その前に、ホテルのアメニティについて。
バリ島合気道セミナー トピックス3
09/07/11(土)
バリのSAMURAI道場の指導者、マディさんがクタの小さなカルチャーセンターの
ような場所(アングとかいう名前)で、空手と合気道のクラスを持っていて、
合気道は生徒が2人だけで、今日(旅行の最終日)あるから、
行きたければ行けますよ、とSさんが言うので、
その日はプールサイドでのんびりしていたのですが、15分くらいで行けるというので、
Eさんと私と、バリ島最後の合気道に出かけました。
そのカルチャーセンターは、日本人女性2人が経営していて、カフェもあり、
そのカフェの経営者の娘さんが、ウチの近くで、アユナンというバリのカフェを
2年間から経営していて、そこにたまに行ったりして親しくもしているので、
お母さんがバリ滞在中の間に、行けたら行きますと約束もしていたしで、
その方にも会えるし、と思って出かけたのでした。
バリ島合気道セミナー トピックス1
09/06/26(金)
6/13~6/21まで、バリ島に行ってきました。
毎年この時期、S師範のセミナーに合わせて、連盟のMさんTさん、
企画者のSさん(護身術の助手を頼まれた人で、MさんTさんの友人であり、
バリのSAMURAI道場開設に尽力された方)は必ず参加されていて、
一昨年初めて私も連れて行ってもらいました。
女性1人もなんだと思い、一昨年は友人をひとり誘いましたが、
私は確か5級をとったばかりで、バリの人たちに交じって
下手な合気道をやっている私を、「勇気があるというか、厚顔無恥というか・・・」
と、その友人から評されました。
確かに。
そのとき、私は初めてS師範に出会ったわけで衝撃的でした。
昨年は、娘の結婚騒ぎもあり、バリで合気道なんて、
正しいバリの過ごし方じゃないよな、と思ったこともありで、
パスしました。
しかし、今年は、また行ってもいいな、という気になり、
今回は、7日間の滞在中、4日間も朝晩の稽古に参加するという、
まさに「合気道強化合宿 in BALI」で、
更に輪をかけて、正しくないバリの過ごし方をしてきました。
今年は女性陣も私を含めて5名の参加、男性は4名で計9名、
そのうち、合気道をする人が7名でした。
21日の朝帰国したものの、疲れ(稽古の疲れではありません)が残って、
なかなかブログを更新する気になれませんでした。
やっと少し平常に戻ってきました。
さて、バリでのトピックス、その1は・・・
漢民族
09/06/08(月)記
今回の旅行で、私はすっかり漢民族が嫌いになりました。
私たちが行った成都は、中国でもチベットに近く、
西の都なので、少数民族の割合が多いらしい。
漢民族は観光に来ています。
九寨溝のトイレでのこと。
私は一番前に並んでいたのですが、ちょっとよそ見をしていて、気がついたら、
前に人が! えーっ、と思いましたが、ま、ぼんやりしていた私も悪いか、と。
ところが・・・
四川トイレ事情
09/05/31(日)
旅行で一番の関心事は食事とトイレです。
私は辺境に行くことが多いので、特にトイレには興味があります。
中国のトイレは穴が掘ってあるだけとか、個室なんかなくて一列に並んで、
しかも向かい合わせにしゃがむのだとか、屋外でするだとか聞いていましたが、
シルクロードじゃないのだから、今回はそれはないだろうと思っていました。
観光地の目玉である九寨溝・黄龍のトイレは設備がなかなかよかったです。
無事帰還
09/05/21(木)
昨日、九寨溝・黄龍旅行から無事帰ってまいりました。
旅行中の日筮と天気は、前もって占筮してありましたが、
最後に成田に帰ってくる日が地火明夷初九でしたので、
今の新型インフルエンザ騒ぎとリンクして、
もしかして3日間成田に留められる? とちょっとは考えましたが、
そんなことはなく、スイスイでした。
旅先のホテルで、NHKの放送が入るので、ニュースは見ていて、
大阪・神戸(娘が在住)に感染者が大勢出たことを知り、
これで、成田の検問は、楽になるのではと推測、
もう水際で留めたって、効果は薄いですから。
だいたい、死ぬわけでもないのに、騒ぎすぎだと思います。
旅行の2、3日前、娘に中国に行くことをメールで知らせたら、
「やめなー」とサルサの飲み会の席に電話がかかってきて、
「大丈夫よ、私は感染しないから」と豪語したので、
成田からスカイライナーが出てすぐ、「そっちのほうがよっぽどヤバイじゃん(笑)」
と、帰国報告のメールを打ちました。
成田に着いたのは夕方、最寄り駅には8時ちょっと過ぎに着いたので、
(もう1時間早ければ、連盟の合気道に行っていた)お寿司を食べて9時半に帰宅。
早速娘から電話がかかってきました。
マスクがない!と言うので、「旅行用に買った30枚がほとんど残っているから、
送ってあげようか」というと、すでに伯母(夫の妹)が送ってくれたという。
「じゃあ、そのうちパンダのぬいぐるみと一緒に送るよ」「なんでパンダなの?」
四川省はパンダの生息地でもあり、パンダの養殖(?)センターの見学も入っていて、
パンダのぬいぐるみは旅行社からのお土産でした。
それにしても、地火明夷初九は何だったのか、
それらしきことは何もありませんでした。
以上、とりあえずの報告でした。
旅行のことはおいおい書きます。


















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