『老子伝』と『長耳』
09/11/07(土)
ここのところ、わたし的にはめずらしく、毛色の変わった本を読みました。
まず、『詳説 老子伝―「道」を知るために』。
なぜこんな本が私の本箱にあったのか、全く覚えがありません。
多分、誰かが私が易を学んでいるので、読むんじゃないかとくれたんでしょう。
MICHAEL CONNELLY 『THE BRASS VERDICT』を読んだあと、
(この感想はamazonの書評に書いちゃいました)
読む小説を切らしてしまって、仕方なく(?)読み始めたら、これが結構面白い。
おおまかな中国史に添って、まるで、老子が歴代の王を育てたみたいに書いてある。
「・・・この時代は、老子は300年生きた」とか、在り得ないんだけど、要所要所で、
老子が生まれ変わってきて、次代の為政者を教育する。
(どうも、最近は生まれ変わってないみたいだ。)
易経の水地比九五にいう狩りの話や、風水渙のこれは繋辞伝に出てくる舟を
作る話など、老子が教えたように書かれていて、まるで老子が易経を作ったみたいだ。
狩猟民族に農業を教える話もある。
易経は儒教だけでなく、老荘思想もかなり含まれていると私は思っていて、
そこが一番好きなところだけれど、なかなか老子の思想を理解できない孔子も
最後には理解したように書かれていて、孔子が老子に帰依したとすれば、
繋辞伝に老子の思想が入っていてもおかしくはない。
で、繋辞伝を読み始めたら、中に「子曰、・・・」という文がいくつかあり、
「子曰く、」って、自分で書くかな? と繋辞伝も孔子が書いたって説は本当なの
だろうか(多くはそうだとしても)、と疑問に思ったり。
少し、中国の思想史をかじってみたくなったが、本格的にやる気はないので、
楽しめそうなところから、宮城谷昌光の『長耳』を読んでみることにした。
小説だと知識が自然に入ってくるのがいい。
何故、姉妹を同じ男(君主)に嫁がせるのか、易経の雷沢帰妹九五に、
帝乙妹を帰がしむ、其のテイ(女偏に弟)の袂の良きに如かず。とあるが、
これは姉のほうが正妻で、妹は妾として一緒に嫁ぐことで、
姉の衣裳は妹ほどよくなくても、正妻だから構わないという意味。
判断は、見てくれより中味が大事とか、実質本意でいいですよ、となる。
何故、姉妹を嫁がせるのかと行ったら、姉に子ができない場合、
できても男子が生まれない場合、妹が男子を産めば同じ血だから、
政略結婚は成功となる、というわけ。
なるほどねえ。
ま、そんなこんなで易の勉強にもなっております。
読み物としても、もちろん、楽しめます。
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